
会期
2025年9月20日ー10月4日
会場
チンギス・ハーン国立博物館 1階展示ホール
(ウランバートル)
主催
ケーヴェリタス株式会社
キュレーター
D. トムルスへ
後援・協力
在モンゴル日本国大使館、チンギス・ハーン国立博物館
チンギス・ハーン国立博物館は、モンゴル国を代表 する国家最高位の文化施設であり、2024年には ナショナルジオグラフィック協会によって「世界で 必ず訪れるべき20の博物館」のひとつに選ばれ、 その国際的な評価と文化的意義をさらに高めまし た。
この歴史的な空間で倉貫徹が自身の作品を発表し、 「 響存(Kyozon)」の世界観を示したことは、13世紀のモンゴル帝国が体現した精神、自然と調和しながら共に生きる叡智を21世紀の“人新世(An thropocene)”の時代に再び呼び覚まし、分断と試練を超えていく新たな道を、世界に向けて提示する試みでもあります。
倉貫徹のモンゴル・チンギスハーン博物館展示の旅は、2025年 6月11日から始まりました。 最初に向かったのは、「黒いとんぼ」 と呼ばれるモンゴルのシャーマン、オディさんのもと。
倉貫にとって、石は単なる素材ではなく意志をもって共に描く 「存在」なのです。しかし、モンゴルの人々にとっても石は、祖先や天と結ばれた聖なるもの。軽々しく触れてはならないと、到着 早々に警告を受けます。
「この地の石を作品に使うことは、許されるのだろうか。」 儀式は3時間以上にわたり、焚かれた香草の煙が天へ昇る中、風 と太鼓の音だけが響いていました。
そして、オディさんの口から告げられた天の答えは「Yes」。「感謝を忘れずに、牛乳と酒を大地に捧げてから石を手に取りな さい」――それが天の教えでした。 その瞬間、異国の地で始まっ た一つの旅が、「許し」と「共鳴」の物語へと変わったのです。

倉貫徹がモンゴルでゴビ砂漠を訪れたのは、シャーマンの儀式を終えて間もない頃でした。ウランバートルから長い道のりを車で南へ進むにつれ、風と光だけが支配する広大な大地が広がっていきまし た。昼は燃えるような太陽、夜は息を呑むほどの星空。ゴビは「無」と「すべて」が同居するような、不思議な沈黙をたたえていました。
倉貫はそこで、無数の石と対話するように歩きました。どの石にも表情があり、どの沈黙にも響きがある。そんな感覚に包まれながら、彼は一つの黒い石の前で立ち止まりました。長い時間を経て風に磨かれたその石は、まるで何かを語りかけるように、彼の胸の奥 に深く響いたといいます。
「この地の石は、ただの素材ではない。ここに生きてきた風そのものだ。」そう呟いた倉貫は、夕陽の中で静かに石を手に取り、牛乳と酒を砂に捧げました。ゴビの風はその祈りを包み込み、遠くの地平線へと運んでいきました。彼のモンゴルでの創作は、まさにこの瞬間から本当の意味で始まったのです。
倉貫徹は7年前から、顔料とエポキシ樹脂で描いた面の上にアクリル絵の具を重ね、その上を石でなぞる独自の方法で制作を続けています。
彼は10代の頃から50年以上、「誰もやったことがない芸術に挑 む」という信念を掲げ、池にガソリンを撒いて炎を写真として記録する作品や、情景を残すツールである写真の上に新たな写真を印刷して“写真を写真で消す”試み、自然の石そのものを芸術作品として並べる展示など、多様な挑戦を行ってきました。
しかし、どれだけ新しい表現を創り出しても、時が経てば、新しさはすぐに古びてしまう現実に、彼は深い葛藤を抱えていました。そこで倉貫は自らに問いかけます。
「人間が用いた最も古い表現は何だろう?」
人類はきっと、地面にある石を手に取り、縦の線や横の線、丸い形を描いたのではないか。最も古い表現手法を自らのオリジナルに昇華すれば、それを超える“新しさ”は存在しない。地球上で最も古く、そして決して古びることのない「石」で描こう。この発想こそが、現在の作風へとつながる原点となりました。
モンゴルでの創作には、その大地の空の色、風の温度、遠い祖先 の記憶が息づいています。倉貫はそれを読むように、層を重ね、光の屈折を計算しながら、静かな宇宙を描きました。


石の起源や成り立ち、そしてそこに宿る新たな性質や歴史的記憶は、単なる科学の領域にとどまるものではない。それは人類の精神的遺産の一部であり、時を超えて私たちの文化や信仰、美意識の奥底に響き続けている。
文明ごとに石に託された意味は異なる。祈り、守護、記憶、再生、それぞれの文明が、自らの感情と象徴を石に重ねてきた。だからこそ、石と人の関係は常に、文化・美学・信念・記憶が交わる最も深い領域での“対話”であったと言える。
倉貫徹は、その対話を現代に甦らせた芸術家である。彼は石を素材としてではなく、意志をもった存在として捉え、長年にわたり、人と自然、世界と時間の関係を観察し、思索し続けてきた。 倉貫にとって自然は「最も完璧な創造者」であり、その中に美を見出すことこそが、芸術家の根源的な探求である。
彼の創作理念「響存派」は、観察し、語り合い、理解し、そして違いを受け入れること。彼の作品の中では、地球が一度解体され、そこから、地球の起源、存在してきた環境、太陽や風、水や雪の痕跡までが読み取れるように構成されている。倉貫は石一つひとつの構造や色彩を緻密に観察し、それらを作品の構成や光の屈折に融合させていく。
「石は世界で最も古く、そして決して古びない存在だ」と彼は語る。この思想こそ、“響存派”の核心であり、人類の進化、暮らし、社会構造、文明、科学のすべてに石が深く関わってきたことを示唆している。彼の展示は、人と自然の関係を描くだけでなく、天と地、海と大地、信仰と精神が一つに溶け合う世界を映し出している。倉貫の作品は、石を通して、地球の記憶が語りかけてくるその瞬間を私たちに体験させてくれるのである。
キュレーター:トゥムルスへ.D

チンギスハーン博物館の館長 S.チョローン氏は、自身の名前が「石」を意味することに触れながら、「チンギス・ハーンが残してくれた大地の恵みを、芸術として歴史博物館で展示できるのは非常に感慨深い」とコメン トしました。
また、モンゴル国文化大臣 CH.ウンダラム氏も、自身の名前が「砂金水 晶」を意味することから、倉貫徹の作品に“自分の名前の石”を思わせる色彩が見られたことに喜びの表情を浮かべ、モンゴル芸術の新たな道筋づくりに貢献していることへ深い感謝と歓迎の意を述べました。
大統領言語政策顧問 L.ダシニャム氏は、長年にわたり石を題材にした 30篇以上の詩や格言を残したことから“石を書く詩人”として知られる人物である。同氏は「石の色合いや記憶が人間に語りかけるものを、視覚的に表現した倉貫氏は本当に素晴らしい。日常の小さなものを芸術や価値へ昇華させる日本人の感性にはいつも驚かされる」と称賛しました。
なお、このダシニャム氏と倉貫は、2026年1月に共同の詩画集をリリースする予定で、現在制作が進行中です。
作品(K25174/117cm × 91cm)は、倉貫徹が日本から持ち込んだ、最も尊い象徴的素材である富士山の溶岩石を用いて制作された作品です。
倉貫にとって本作品は、日本国民に深く愛される富士山の霊性・力を、モンゴルの人々が持つ開かれた心と豊かな伝統文化に捧げるものであり、日本とモンゴル、両国の精神的な結びつきを象徴する贈り物です。
両国の友好の象徴として、またモンゴル国の未来の発展と日本・モンゴル両国の長く続く友誼を祈念し、深い敬意をもって制作・奉呈されています。
文章編集者:アリウンジャルガル.A(Project Manager)
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